提婆達多(だいばだった)


【分類】

【解説】

釈迦の従弟にして阿難の兄。 大変有能な人物であったが、釈迦が仏として登場してからは不遇を託つことになる。そしてその逆恨みから釈迦とその教団に執拗な嫌がらせをしたとされている。その劇的な彼の半生を、『増一阿含経』 の記述に沿って以下に紹介しよう。

提婆達多は神通力を修得しようとして出家した。彼は元来優れた素質を持っていたので、その修得自体は容易なことであった。 そして早速その能力を使って三十三天に赴くと、特産の優曇華を手折って当時マガダ国の王太子であった阿闍世の前に現れた。優曇華は自分が持つ超能力の証拠物件と云う訳である。その他にも王子の前で神通力を実演して見せ、すっかり王子の心を捉えることに成功する。これは釈迦の追い落としを図る大がかりな計画の第一歩であった。

阿闍世王子を後ろ盾とした提婆達多は、今度はその神通力を宣伝して教団員の確保へと動き出す。その結果、釈迦の弟子500人の引き抜きに成功した。正に得意の絶頂である。

そこに、舎利弗目連がやってきた。両名は誰もが認める釈迦の高弟である。一同は「ついに釈迦の教団も終わったか…」と思った。大喜びの提婆達多は、病気を理由に舎利弗に後を任せて休息をとった。しかし、二人とも一言も「釈迦を見限った」とは言っていないのである。二人は提婆達多が寝込んだのを見て取ると、神通力を発揮して500人を引っさらって釈迦の下に連れ帰ってしまった。 目覚めて事の真相を理解した時はもう後の祭りである。しかも、釈迦の教団を分裂させた五逆罪の報いで神通力まで失ってしまったのであった。

怒り心頭の提婆達多は、阿闍世にクーデターを唆す。「君は父王を殺せ。私は釈迦を殺そう。二人して新しい世を作ろうじゃないか」と持ちかけたのである。阿闍世のクーデターは成功し、釈迦に私淑していた頻婆娑羅王は幽閉され、マガダ国の王位は交代した。 次は釈迦の番である。

そこで提婆達多は霊鷲山に登り、眼下の釈迦に巨岩を投げ落とした。その始終を見ていた山神金毘羅は手を差し伸べて岩の軌道を変えたのだが、砕け散った破片が釈迦の足を傷つけ、出血させた。これで犯した五逆罪も二つ目となった。

しかし目的は達せられなかったので、別の手段を講ぜねばならない。そこで、今やマガダ国王となった阿闍世が所有する戦象に目を付けた。この象を酔わせて嗾ければ、釈迦は為すすべも無く踏み殺されるに違いない、と云う算段である。話を持ちかけられた阿闍世も、世に名高いかの釈迦が本当に信じられている通りの人物であるか否か見極めることができると考え、この企てに同意して象を貸し与えた。

一方、釈迦の取り巻きはその噂を聞きつけて騒然となる。しかし、釈迦は諫止を聞き入れず、平然と王都に入っていった。それを見て阿闍世は思った。「所詮、釈迦の“一切知”も偽りに過ぎなかったか…」。王命は下り、酔った象が放たれた。ところが、制御不能のはずの暴れ象は、釈迦の幻術で突進を止めたばかりか、説教に応じて跪いたのである。その直後、象の肉体は崩壊し、生天したのであった。

この神変に驚いた阿闍世は、釈迦に信服して前非を後悔し始めた。その思いを察知した提婆達多は、悄然として王舎城を後にした。そこに折悪しく一人の比丘尼が出くわした。彼女は提婆達多のそれまでの所行を痛罵したので、これが怒りを誘わない訳が無い。案の定、激怒した提婆達多は彼女を殴り殺したのであった。これで五逆罪も三つ目である。

提婆達多は自宅に戻ると、弟子達に「釈迦に懺悔しに行きたい」と告げた。しかし、よほどのストレスがたまったらしく、歩く力も出てこないほどの重病となる。そこで、弟子達に担がれて釈迦の下に向かうのだが、輿に揺られる彼は実は十指に毒のマニキュアを施している。何のことは無い。彼はまだ諦めていないのである。

そうとは知らない阿難は、輿に乗って近づいてくる提婆達多を見て、「ついに懺悔しに来ましたよ」と何度も釈迦に言上する。しかし釈迦はその都度、「私の所までは来れまい。彼は今日で死ぬのだから」と何やら意味深な言葉を繰り返す。果たして、提婆達多が輿から降り立った正にその時、地中から炎の暴風が巻き起こり、彼の身を包んだ。この瞬間、提婆達多は心から非を悔いて「南無仏」と言おうとしたのだが、焼き尽くされる方が早く、一言「南無…」とだけ言いかけたのが正に絶句となった。彼はそのまま地獄の最下層である阿鼻地獄へと堕ちていったのであった。

彼は、賢劫中は地獄の最下層である阿鼻地獄に抑留されているが、その後四天王天に生まれ、転生する毎に天界を順々に上昇していき、最後に人間界に戻って「南無」と云う名の辟支仏(びゃくしぶつ)になる。その名は、地獄に堕ちる直前の絶句となった「南無…」に由来するものである。

ところで、7世紀初頭にインドを旅行した玄奘は、提婆達多にまつわる面白い報告を残してくれている。例えば、提婆達多がその最期に地獄に堕ちていった時に開いた穴が、当時もまだ残っていたそうである。 また、提婆達多の教えを守り伝える教団も当時存在しており、過去仏のうち釈迦仏を除いた賢劫の3仏を礼拝していたようである。

因みに、その教団では乳製品等が食禁とされていたらしい。実はこれは、釈迦の教団に揺さぶりをかけた時に提唱したと伝えられる「5箇条」の禁制とも重なっている。意外と、提婆達多の実像はただの生真面目な宗教者であっただけなのかも知れない。

尚、地獄に堕ちた提婆達多の将来であるが、後には正真正銘の仏に成れるとさえされる。実は彼は、過去世では釈迦に『法華経』の教えを垂れたこともあると云うことである。そして、遥かなる未来においては「天王如来」と云う仏に成り、「天道」と云う国土で衆生を導くことになるのである。

水月

【参考文献】