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 黄泉の国(よみのくに)

【分類】

 日本神話(Japanese mythology)
 土地(the name of a place)

【解説】

 日本神話の死の国。ここの竈で煮炊きされた食べ物を一口でも食べると、現世には帰れない(黄泉戸喫)。これは世界各地の死の国の言い伝えと一致する。伊邪那岐の妻、伊邪那美が支配している。暗く、邪霊などが住み、黄泉平坂で現世と分けられている。

相馬関平





 黄泉の国は正しくは黄泉国(よもつくに)と読みます。
 黄泉の国は黄泉神が支配していたのですが、いつのまにかイザナミがその座におさまっています。
 黄泉の国の「黄泉」には「夜見(暗くてじめじめしているの意味)」の字が当てられる。黄泉と月は同一のイメージがあり、月読の命の「読み」には「夜見」の字が充てられることもあります。
 黄泉の国は死んだ者が行く所だが、そこに地獄というイメージはなく、イザナミが黄泉国の支配者になってから出来たものである。


神楽 秋




 日本神話において、イザナミという女性神は、島々や諸物の神を産んだ後、最後に火の神を産む。火の神を産んだ際に陰部を焼かれてイザナミは死に、黄泉の国へ行く。

 『記紀』において、「黄泉」は死者の行く地とされている。『出雲国風土記』には、「黄泉の穴と呼ばれる洞窟があり、夢にこの洞窟を見ると死亡する。」という伝承がのせられている。このことからも、「黄泉」は死者の国とされていたと考えて良い。

 それでは、「黄泉」の語はどのような意味であったのだろうか。『日本古典文学大系 日本書紀』の注には、「ヨモ及びヨミの意味は闇黒の意が原義かも知れない」「とし、西郷信綱は、「死者の赴くヨミの国のこと。「比婆の山の項でふれたように山は他界の入り口であった。ヨミという語はそのヤマに由来すると説く人もいるが、やはりヤミ(闇)の転と考える方がいいと思う。したに、イザナキが櫛の歯をかきとり火をともして見たとあるのも、そこが闇の世界であったことを示す。」としている。これらの黄泉の語源を「闇」とする説に対して、倉野憲司は「然るに「黄泉国」は暗いの意の「夜見の国」で落ち着くかといふに、『鎮火祭祝詞』の「与美津枚坂」の「与美」がこれを阻んでいる。「与」は乙類の仮名であるから「夜」の意にはとりがたい。このやうに一概に「夜見の国」の意にはとりがたい。このやうに一概に「夜見の意には解し得ず、不明といふより外に致し方はない。」とし、また、「因に「黄泉国」を「暗い国」の意であらうと言ったが、それはヨミとヤミ(闇)が通じるからだといふことからではない。即ち「黄泉」と「闇」とは無関係の語である。といふのは、ヨミのミは甲類であるが、ヤミのミは乙類であるからである。」として、闇が語源であるとの説を否定している。しかし、黄泉が暗い世界である事は、黄泉を訪れたイザナギが火をつけたとある事から間違えではない。

 闇を「黄泉」の語源とする説は、菅野雅雄の説がある。「其処に於ける復活祈願の呪法=洞窟の中に屍体を安置し、そこに血縁者が一定の日数を数えつつ、或いは一二三・・・と数算みししつつ通って、その生き返りを願った行事の印象を強くして、ヨミノクニ・ヨモツクニの名を留め、一の異郷を形成した。さらに洞窟内の暗さがー或いは復活の呪法が夜間に行われたことをみせるかー夜見の印象を加え、死者の国として<黄泉>と中国の字義を借りて表記するに到った。」ここでは、復活再生の儀式である数算みが「黄泉」の語源であるとしている。算みが黄泉であるとは私には考えにくいが、復活再生の儀式と黄泉は深い関係にあると考えられる。(古代において死とは肉体から魂が遊離する状態であり、それが二度と戻らない事が死である。すなわち、魂が戻れば復活するのである。そのため、死者の名を呼んだりする儀式が行われた。)また、これは「黄泉」を考える上で重要な手がかりとなる。「黄泉」がどのようなイメージをもって書かれたかについて倉野憲司は、「ところで、古事記の黄泉国神話には、横穴式古墳がその説明の基礎となってゐるのではなかろうかとおもはれる節がある。」としている。西郷信綱は、「「黄泉比良坂」は死体を遺棄する洞窟であったのだ。『出雲国風土記』のかたる前記「黄泉の穴」「黄泉の坂」から多数の人骨が出土している事実も思いあわすべきである。」としている。伊波普猷は、「南島文化の葬制」の中で「沖縄本島には人骨の累々として積み重なった洞窟がかなり多く、土地の人は之を昔の戦死者の骨を収容した所だと言ってゐるが、これらはことによると、風葬時代の遺物であるかも知れない。」とし、久高島でも人骨を風葬の後に厳窟に放りこんでいたと報告している。本土で『出雲国風土記』の「黄泉坂」の例を考えるに、同様のことが行われていたと考えて良い。また、伊波普猷は同論文で風葬中に菅野雅雄が言うような復活再生の儀式が行われていた事を説明づけられる話しを例に挙げている。「其処では人が死ぬと席で包んで、後生山と称する薮の中に放ったが、その家族や親戚朋友達が腐爛して臭気が出るまでは、毎日のように後生山を訪れて、死者の顔を覘いて帰るのであった。死人がもし若い者である場合には、生前の遊び仲間の年男女が、毎晩のやうに酒肴や楽器を携へて、之を訪れ、一人一人死人の顔を覘いた後で、思ふ存分踊り狂ってその霊を慰めたものである。」これは伊波普猷も指摘しているが、天若日子の葬儀の場面と良く似ている。『古事記』には、「日八日夜八夜を遊びき。」とある。これもまた復活再生の儀式である。『日本書紀』の一書に「イザナギノミコト、其の妹を見まさむと欲して、即ち殯の処に致す」とある事からも黄泉が復活を祈る儀式を象徴しているとして良いのではないか。

 イザナギはイザナミが見てはいけない、とした禁忌を犯した事でイザナミと永遠の別れをする事になる。これは、禁忌を犯した、と言う事に加えてイザナミの肉体は腐爛しており、もう復活はありえないと考えられたからではなかっか。腐爛した肉体には遊離した魂が戻ることができないからである。肉体の腐爛は、その人が二度と生者の世界に戻れない事を意味したのである。

 私は、現時点では「黄泉」の語源は不明であるとする他無いが、象徴するものとしては洞窟や墳墓内での復活再生の儀式であるとする説を私はとりたい。

春桜庵主人




【参考文献】

 ・『死後の世界がわかる本』(新人物往来社)
 ・『古事記全注釈』 倉野憲司(三省堂)
 ・『古事記注釈』  西郷信綱(平凡社)
 ・『古代人と夢』  西郷信綱(岩波書店)
 ・「南島古代の葬制」『伊波普猷全集第五巻』所収 伊波普猷 (平凡社)
 ・「黄泉観念の成立と黄泉行説話の形成」『古事記説話の研究』菅野雅雄(桜楓社)