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【分類】 ケルト神話(Celtic mythology) アイテム(Item) 【解説】
アーサー王の物語の『聖杯探求』の物語群の中で、騎士たちが探し求める聖遺物。 イエス・キリストがいわゆる最後の晩餐で用い、さらにアリマテアのヨセフがキリストの血を受けた杯だと物語の中では位置づけられている。 また、アイルランド神話にある豊饒の神ダグダの大釜や『クルフッフとオルウェン』におけるディウナルクの大釜などの、魔法の器の伝説も混合されているようだ。また祝福されたブランの大釜はその中で煮ることで死んだ人間を蘇らせることができるとされ、聖杯が起こす復活の奇跡に影響を与えたとも考えられる。 『アーサー王の死』などでは聖杯はアリマテアのヨセフの子孫によってロンギヌスの槍などと共に保管されていたが、ベイリンによるペラム王(不具の王、漁人の王)への”悲しい一撃(災いの一撃)”の後、不毛の荒れ地が周辺の国々に生まれると共に聖杯は行方不明となる。 そして聖杯は、ガラハッドが円卓に座った日に、アーサー王の宮廷に姿を現し、騎士たちに奇跡の一端を見せる。 その聖杯の真実を見つけだすべく、円卓の騎士たちは探求の旅に出る。 半数の騎士たちが命を落とす中、ガラハッド、パーシヴァル、ボールスの3人の聖杯の騎士が聖杯に到達し、ガラハッドが聖杯を獲得する。 聖杯は騎士たちと共にサラスの地に渡る。サラスとは、サラセンと同じでイスラム教国、または旧ローマ領のどこかで、ここではどうも十字軍時代の話になってしまっているらしい。 そして1年後、ヨセフの子孫であるガラハッドの魂と共に、聖杯とロンギヌスの槍は天へ昇り姿を消す。 もともと聖杯はパーシヴァル(ペルスヴァル)のものだったが、探求の役割はガラハッドに移り、パーシヴァル(パルツィファル)はガラハッドの祖父ペレス王に姿を変えている。 マロリーのアーサー王の死では、次のような人物の重複が見られる。 パーシヴァル−ペリノア−ペレス(ペラム)−ガラハッドであり、この5人は聖杯を軸にして非常に共通点が多い。 聖杯探求の物語は、ロベール・ド・ボロンの書いた『アリマテアのヨセフ』という長詩をアーサー王の物語に引きずり込む形で書かれているようだ。 アリマテア出身のヨセフは、キリストが十字架にかけられ息を引き取った後、その遺体を葬った人物。長詩の中ではその時『杯』を手にしていたヨセフはキリストの体から流れる血を『杯』で受けたとされ、その後ヨセフは、ブリテンに聖杯をもたらしたとなっている。 <聖書の聖杯> 新約聖書の中で、主の晩餐の際イエスは杯を指し「人のために流される私の血、契約の血である」と十二使徒に向かって言い、またその後ゲツセマネでは怖れに苦しみながら「この杯をわたしから取りのけてください」と神に祈っている。 ここで杯は、神の子であり人の子であるイエスの死によってなされる契約の象徴とされているわけだ。つまり、一般に理解される、イエスの犠牲によって人々の罪が許されるという部分を指していると言える。 そして実在するかどうかもわからない杯自体は、その後様々な聖性を加えられていき、復活、再生、不死、豊饒などの奇跡をおこすとされるようになっていく。 ここでアーサー王の物語に戻る。 ガラハッドは円卓の空席となっている13番目の席”危難の席(危険な座)”に座すことのできるただ1人の騎士で、聖杯を手に入れる人物となっている。 危難の席は、裏切り者のユダの席を示す空席だともされるが、そこに座るのが円卓の騎士中もっとも優れた騎士とされるのでは、他の席との関係を考えるとつじつまが合わない。 聖書にあってもユダの空席を埋めるマティアは、くじ引きで決められる程度で、あまり重視されているとは言えない。 つまり、「聖杯探求」におけるガラハッドは、イエス・キリストに重ねられているのだ。おそらくは、円卓の騎士たちの犯した数々の罪をあがなう役割を負わされているのだろう。 アーサー王の物語とキリスト教がこれほどまでに連結されたのは、十字軍の遠征の影響が強いと思われる。イングランド、フランスといえば十字軍の中核をなしていた国家だ。 渡邉聡士 【参考文献】 ・『アーサー王の死』 T・マロリー作 W・キャクストン編 厨川文夫・厨川圭子抄訳 筑摩書房 ・『アーサー王ロマンス』 井村君江著 筑摩書房 ・『アーサー王物語』 トマス・ブルフィンチ著 大久保博編訳 角川書店 ・『アーサー王伝説紀行』 加藤恭子著 中公新書 ・『図説アーサー王伝説事典』 ローナン・コグラン著 山本史朗訳 原書房 ・『アーサー王伝説の起源』 C・スコット・リトルトン リンダ・A・マルカー著 辺見葉子 吉田瑞穂訳 青土社 ・『図説ケルト神話物語』 イアン・ツァイセック著 山本史朗 山本素子訳 ・『ケルトの神話』 井村君江著 筑摩書房 ・『ケルト神話と中世騎士物語』 田中仁彦著 中公新書 ・『新約聖書』 新共同訳 日本聖書教会 |