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早太郎(はやたろう)
【地域】
日本の伝説(Japanese legend,folklore)
【解説】
疾太郎とも書き表される。別にシッペイタロウと呼ばれ、悉平太郎、疾病太郎などと書かれる。
また疾風(しっぷう)太郎、兵坊(へいぼう)太郎とも呼ばれる。
名の由来は不明だが、やはり疾風(しっぷう、はやて)の意味だろう。また仏教の禅家で用いられる道具に、シッペイという物がある。
他にも、走るのが速かったため早太郎と名付けられたとの話もあるが、おそらく理由の後付だろう。
山犬(また狼)の子で大犬。白狗(しろいぬ)だったとも伝わる。
信濃(長野県)の光前寺で飼われていたとされる霊犬で、遠州(静岡)で神のフリをしていた狒狒(ひひ)の化け物を退治したとされる。
近畿地方では、人身御供に選ばれた少女が可愛がっていた犬だとの形があり、九州には伊倉両八万に似た話が伝わる。
<光前寺の早太郎 西暦1308年頃>
見付け(磐田市辺り)の矢奈比売神社付近の村には、棟に白羽の矢が突き刺さった(火柱が立った)家の若い娘を、人身御供(生け贄)として神前に供える儀式があった。
ある僧が、神が人を喰うという話を妖しく思い確かめようとして社の陰に潜んでいると、娘を喰うために現れたのは狒狒(大猿の化け物)だった。
その時僧は、狒狒が「信州信濃の、早太郎には報せるな」と歌い踊るのを目にし、信濃へ早太郎を捜しに行く。
僧は早太郎という勇士を捜し回ったがなかなか見つからない。しかし、ついに早太郎が光前寺(駒ヶ根市)で飼われている犬だということを知って光前寺を訪れ、住職に頼み早太郎を見付けへと連れていく。
僧が見付けに帰ると、今年も人身御供が選ばれていた。そこで僧は、娘の代わりに早太郎を生け贄のための柩(ひつぎ)に潜ませる。
境内にその柩を置き、僧や村の者たちが去ってしばらくすると、神社からは獣の激しく争う凄まじい叫び声が聞こえはじめ、それは朝方まで続いた。
朝になり僧たちが境内へ行ってみると、千年も生きたような狒狒の化け物が血まみれで死んでいた。
早太郎の姿はそこになく、残っていた一筋の血の跡をたどるとそれは光前寺までつづいていた。住職の話によると、早太郎は傷を負って寺に帰り、住職に会い一声吠えると、死んでしまったとのことだった。
早太郎の死に様には別にいくつかの話がある。
また狒狒の言葉には多種の形式があり、狒狒たちが群で現れ、「信州信濃の光前寺、早太郎はおるまいな」などと安全を確認する形もあるようだ。
中でもやはり、狒狒が暗闇に沈む神社の境内で、娘を喰らう前の喜びに、「早太郎には報せるな。スッテンテン」と人々をあざ笑うかのように歌い踊る姿は、非常に恐ろしい。
現在、狒狒の化け物がいたとされる静岡県磐田市(見付天神社また矢奈比売神社)と、光前寺のある長野県駒ヶ根市付近に伝承が多く残る。
そこでは基本的に、古い神の行為を、仏教派が調伏するという仏教説話的な形になっている。また人々が当たり前のように、人身御供を神に捧げていた節もあるため、土着信仰を仏教に改宗させた歴史的事実が、古くからあった義犬の伝承を吸収したのかも知れない。
例えば『今昔物語集』の巻二十六第七話『美作国の神、猟師の謀によりて生贄を止めし語』、いわゆる猿神退治の話と多くの類似点が見られる。
また、同じ話が『宇治拾遺物語』にもある。
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【参考文献】
・『日本書紀』 坂本・家永・井上・大野校注 岩波書店
・『古事記』 武田祐吉訳注 中村啓信補訂・解説 角川書店
・『今昔物語集』 佐藤謙三校注 角川文庫
・『宇治拾遺物語』 中島悦次校注 角川文庫
・『御伽草子』 市古貞次校注 岩波書店
・『日本伝説集』 武田静澄著 現代教養文庫
・『日本伝説集』 高木敏雄著 山田野理夫編 宝文館出版
・『昔話・伝説必携』 野村純一編 学燈社
・『全国妖怪事典』 千葉 幹夫 編 小学館