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【分類】 中国神話(Chinese mythology) 【解説】
東王公、東皇公、東父とも、五行説にそって木公とも呼ばれる。また西王母(西母)と対になる存在として東母や東王母という表記も存在する。 西王母が月、東王父が日を象徴し、それぞれ対となる存在だと考えられる。しかし文献上にあまりその名は見られず、存在がかなり霞んでいる。 『海内十洲記』では、碧海の中央にある扶桑の上には太帝の宮殿があり、太真東王父がそこに役所をもっているとされている。 巨大な扶桑樹は、『淮南子』や『山海経』で、東の果てにある暘谷のほとりに立つとされ、その枝に10個の太陽がぶら下がるされている。 『論衡』などに記される度朔山伝説や、東方の神山などとの関連性をもつ。 『博物誌』や『漢武故事』などに現れる東方朔(とうぼうさく)と『漢武帝内伝』で男の仙人を取り仕切ると書かれる東海小童、そして東王父にはどこか共通点があるように思われる。 『穆天子伝』や『漢武故事』などから考えるに、西方の支配者の西王母に対する東方の支配者は、穆王や武帝など中原の支配者でなくてはならず、その対置の構造において東王父の存在は邪魔だったと考えられる。 もともと東から西の地を訪れるのは、太陽神の側面をもつ東王父の役割だったはずだ。 仙桃を盗んで食べたために長命だったとされる伝説中の東方朔は、立場を奪われた東王父の一部分ではないだろうか。 渡邉聡士 【参考文献】 ・『中国学芸大事典』 近藤春雄 (大修館書店) ・『大漢和辞典』 諸橋轍次 (大修館書店) ・『新釈漢文体系94 論衡』 山田勝美 (明治書院) ・『論衡のはなし』 若松信爾 (明治書院) ・『中国の神話』 白川静 (中公文庫) ・『中国古代神話』 袁珂 伊藤敬一/高畠譲/松井博光訳 (みすず書房) ・『西王母と七夕伝承』 小南一郎 (平凡社) ・『山海経』 高馬三良訳 (平凡社) ・『捜神記』 干宝 竹田晃訳 (平凡社) |