西暦450〜550年頃にブリテン島に王国を築いたといわれる伝説的英雄で、実在したともされるものの歴史的物証は乏しい。
アーサーは、魔法の剣エクスキャリバーの他に、名槍ロンや短剣カルンウェナン、聖母マリアの姿を描いた盾プライウェン(もともとは船の名でプリドウェン)を所持していたという。また愛馬として、ドゥン・スタリオンの名が挙がる。
アーサーはコーンウォールの猪とあだ名されることがあり、これはアイルランドやケルトの猪の神などの伝説を引き継いだものと思われる。
<物語の上でのアーサー>
イングランドの王ウーゼル・ペンドラゴン(ユーサー)とイグレイン(イグレーヌ)の間に生まれるが、生後間もなくアーサーを引き取ったマーリンによってエクターに預けられ、その実子ケイと共に養育される。
父ウーゼルの死後、正統な王の証である剣を鉄床(かなとこ)から引き抜いて得て、15才で王となりキャメロットに居城を置いた。
王国の騎士団である『円卓の騎士』と共に反抗する諸侯を屈服させ、多くの侵入者たちを撃退し、ブリテン島全土を数十年に渡り統治する。
しかし、王妃グィネヴィアと騎士ラーンスロットの恋愛を利用したモードレッドの策謀が内戦を引き起こし、結果ラーンスロットと彼を慕う騎士たちは王国を去ることになる。
ラーンスロットの懇願を入れてグィネヴィアを許したアーサーだったが、ラーンスロットに弟や息子を殺されたガウェインの意見もありラーンスロット討伐の遠征を決行。
しかし留守を任せたモードレッドが王国を乗っ取ったため軍を返し、王国をふたつに割っての戦争となる。
援軍に駆けつけようとするラーンスロットも間に合わず、アーサーはモードレッドと相打ちとなり瀕死の重傷を負い、妖姫モルガンら湖の貴婦人に誘われこの世を去る。
王妃グィネヴィアとの間には子供がなかったが、サナム伯爵の娘ライオノースとの間にボア(ボール)をもうけたともあり、またモードレッドはアーサーの子であるともいわれる。
<史実の上でのアーサー>
アーサー王とその騎士団が描かれた絵には、その旗印などに赤い竜が描かれていたり、龍の形をした軍旗としての吹き流しが描かれていることがある。特に赤い竜は現在UK(英国)のウェイルズ地方の紋章となっているものだ。
古代ウェイルズ語の”ドラグウン”は指導者の意味を持っており、この竜と意味的に等しいのではないかと思われる。
また”ペン”には、先や頭という意味があったようで、アーサーの父の名である”ペンドラゴン”という名もこのあたりから生まれた称号と考えられる。
また、古くは2世紀にローマ帝国が築いたハドリアヌスの城壁に守備隊として派遣されていたサルマティア(サルマート)人が、蛇(トカゲ)の吹き流しを軍旗としていたといわれている。このサルマティア人の指揮官”ルシウス・アルトリウス・カストゥス”がアーサーの原型だったのではないかともいわれるが、諸説の中のひとつにすぎない。
他に古いケルト語の熊を示す”アルトス”が示す人物、また実在した”アンブロシウス・アウレリアヌス”や”リオタムス”などがアーサーの起源としてよく挙げられる。
西洋において竜というのは英雄に退治される魔物として描かれることが多く、正しき騎士として美化されたアーサーたちには、竜はそぐわなくなっている。もともとケルトの民は、強大な中央勢力であったローマ帝国に反抗する勢力だった事実から、その形が残っているのだろう。
<アーサー王物語の分類>
| フランス系 | クレティアン・ド・トロワによる『(円卓の騎士について書かれた4作品)』に始まり、『聖杯探求』などを含むもの。 |
| ケルト系 | アイリッシュケルトの神話や伝説を下敷きとし、ウェイルズの書物『マギノビオン(マギノビ)』などを含むもの。 |
| オセット系 | カフカス山脈北麓のオセット人などに伝承されたナルト叙事詩のうち、バトラズの死と関連性のあるものなど。 |
| ブリテン系 | モンマスのジェフリィによる『ブリテン王列伝』など最も正史に近いとされるもの。 |
| ドイツ系 | ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの『パルツィファル』や、ドイツ版『トリスタンとイゾルデ』など。 |
| その他 | オランダ、イタリア、ノルウェイ、スペインなどに伝播、拡散した物語群。 |
| 集大成 | これらを集大成したものとして、フランス系を重視するトマス・マロリーの『アーサー王の死』や、またそれをもとにしたと思われるトマス・ブルフィンチの『中世騎士物語』などがある。 |