他に、磐司、磐神郎、万三郎、と書かれる。
人と猿の間に生まれたとされる、弓の名手として名高い兄弟の伝説で、マタギ(東北地方の狩猟の民)の始祖とも言われる。
宮城県仙台市から山形県山形市にかけて残るいくつかの伝説と、俵藤太に関わりのある『神を助けた話』として残る伝説がある。
後者の伝説は、日光の二荒(ふたら)山神(また日光権現)と上野国の赤城明神の争いを書いた『神いくさ』の物語を、磐次磐三郎が日光山麓の生まれで弓の名手だという伝説から引き込んだものだと考えられる。神いくさに登場する弓の名手である若者の”猿丸太夫”という名も、兄弟の出生とつながっている。
なお、日光の生まれだとするものと別に、宮城県秋保(あきう)の生まれだとするものもある。
どうやら、日光付近の山立(マタギと同じ意)がその開祖として磐次磐三郎兄弟を据え、その伝説を狩り場の権利の主張に利用した際、日光の伝説と結びついたようだ。
<山形市山寺 立石寺(りゅうしゃくじ)の縁起>
ある姫(山姫)と大猿(猿王)の間に、磐次磐三郎兄弟が生まれた。
成長した兄弟は、狩猟をしたり山賊行為をしたりして暮らしていた。
ある日兄弟は、ある僧(慈覚大師)の身ぐるみをはがそうとしたが、逆に僧に説法を施され改心して以後狩猟をやめ、立石寺建立に尽くした。
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