道祖王、道陸神(どうろくじん)、塞神(さえのかみ、さいのかみ)、岐神(くなどのかみ)、船戸神(ふなどのかみ)、障神(しょうしん)、衢神(くしん)、八衢神(やちまたのかみ)、道俣神(ちまたのかみ)などと呼ばれる。
基本的に道や分かれ道、土地の分かれ目などを示す神で、主に石、また杖に象徴される。
また諏訪大社のミシャグジとも共通性がある。
なお道祖神という神名は中国の影響を強く受けており、中世以前のものとはやや性質が異なる。
根元的には、石と木への信仰だったのではないだろうか。
<記紀の道祖神>
『古事記』では、イザナギが死んだイザナミを黄泉の国に訪ね、イザナミの変わり果てた姿に驚き逃げ帰る時に、道を塞ぐようにした石を道反大神(ちかえしのおおかみ)また塞座黄泉戸大神(さやりますよみどのおおかみ)と呼び、その後禊ぎの際に投げ捨てた杖を衝き立つ船戸神(ふなどのかみ)、投げ捨てた褌(はかま)を道俣(ちまた)の神と呼んでいる。
『日本書紀』では、同じく逃げる時に投げた杖を岐神(ふなとのかみ)また来名戸(くなと)の祖神(さえのかみ)と呼び、道を塞ぐようにした石を道反大神と呼んでいる。
つまりもともと石と杖などの神であり、複数だったことがわかる。
石神としての道祖神は中部地方以北を中心として多く見られ、安曇野地方(長野、群馬)に多い男女双体像を主とし、男根石、玉石、単体像、石祠、文字塔など変化に富んでいる。
呼称からの意味として、地主の神、遮る神、障る神、塞ぐ神、防ぐ神、裂く神、ふたまたの神、ふたつに分ける神などとなり、マタの音から、男女の性器像が道祖神として奉られる場合もある。
同じく、性器を露出することで魔を撃退することのできるという伝承から、防ぎの神としての道祖神でもあるが、本来は生殖による豊饒や豊作を示す田畑の神であり、それが石神であったため道祖神に習合したとも考えられる。
なお、男女双体の道祖神は中世以降に盛んとなったとされている。また日本神話中の猿田彦神(さるたひこのかみ)と天鈿女(あめのうずめ)と比定されたり、庚申信仰の影響で三猿を配するようになったのも江戸時代からのことだ。
地蔵もまた、道祖神としては比較的新しい形だと言える。
杖の神としての道祖神はあまり有名ではないが、基本的に石が木に変わっただけであり、例えば土地の所有権や村境を示すために立てられていた。
これらは塞ぎと呼ばれ、虫送りや疫神送りという厄災を追い払う儀式などにも使われた。その物が神と言うよりも、神の依り代、もしくは魔除けのような物として使われていたようだ。
後に案山子(かかし)となり田の神とされるようになったとも考えられ、記紀中の久延毘古とも何らかの共通性があるようだ。
また蛇が2匹絡み合った姿を示した物が神社の注連縄であるとされていることもあり、木石に宿る神や塞ぎの概念からミシャグジとの関連が考えられる。
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