古代ローマの運命の女神で、ギリシアのテュケ(Tyche)と同一視された。本来は豊穣や多産の女神(または地母神)で、しだいに【幸運】から【運命】の女神へと発展した。その名の由来はラテン語のfero(【もたらす】の意)と同語源とされている。
古代イタリアのラティウム地方のプラエネステ(古代ローマのラテン人の都市)が崇拝の中心地として名高い。ここに彼女は最大の神域を所有していた。
美術作品ではコルヌコピア(豊穣の角)や運命をあやつる舵を手にした姿で表現されることが多く、また、J.リゴッツィの作品『フォルトゥナ』では不安定な球に乗り、踝(くるぶし)に羽根が生え、底の抜けたガラスの壺を手にした姿で描かれている。この球に乗るその姿態、踝の羽根は気まぐれで逃げ足の速い運命の定めなさを、底が抜けた壺はそこに入れられるいかなる名誉や富や知識も空しいことを表すとされている。運命を象徴する車輪を持ち、目隠しをした姿とされることもある。
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