羽衣を身につけて天に昇るという、天女の伝説。星型羽衣伝説の一。
羽衣伝説には非常に多くの種類があるため、一概にこれが原型という話形はあげられない。
有名なものとして、『丹後の八乙女伝説』、『美保の松原の羽衣伝説』、『天人女房』、『鶴の恩返し』、『中国系の七夕伝説』などがある。
アジアからヨーロッパの広範に渡って、共通性を持つ話が伝わっており、特に西欧で有名なものとして、グリムの『六羽の白鳥』がある。この中では、1人の姫と6人の王子となっている。
また中国やアジアの国々では、7人の天女(北斗または昴)のうちの1人が地上に降りる、という形を取る。
これが日本で『七夕』と七の数字を使って書き表される所以で、これに充てられた『たなばた』の音は日本独自の『棚機』からきており、本来は別のものだったと考えられている。
実際日本での天女の数は8人が主流で、羽衣天女が星の化身であることは、日本伝説の中では薄れてしまっている。
これらに共通する要素として、”機を織る女性”また”衣(変身)”と”結婚と離婚(逃走)”がある。
<羽衣天女の昔話>
ある男が、水浴びをしている天女を見つけ、近くの枝に美しい衣が掛かっていたのを盗んでしまう。
羽衣を見つけられない天女は天に帰ることができず、仕方なく羽衣を盗んだ男と結婚する。
しかしその後、結局何らかの方法で天女は羽衣を見つけだし、男をおいて天に帰っていく。
(この後、天女が空の星に戻り、男も追って星になるという風に続き、七夕の話に接続するものがある。)
印象はかなり違うものの、『鶴の恩返し』は羽衣伝説に”恩返し”の要素が加わった別種だと考えられている。
また鶴が機を織る時は見てはいけないと言う部分があるが、これは神道などで『おこもり』といわれる外界と遮断された場所で身を清める禊(みそぎ)の儀式が転化したものだと考えられる。機を織る儀式の詳細は後述するが、この禊を男が邪魔してしまうため、幸福の神である鶴は逃げてしまうのだ。
<羽衣>
他に、飛び羽と呼ばれる。
なぜ羽衣を身につけると飛べるのか? という問いには明確な答えがない。
衣を揺らす風や、鳥の翼を象徴するものなのだろうとは考えられる。
そしてもうひとつ、”機によって織られるもの”としての意味を持っているのだろう。
<七夕(たなばた)>
七夕は、日本独自の羽衣伝説とはおそらく別のもので、中国起源のものだからここでは詳細を省く。中国と日本の文化は非常に密接に関わっており、単純に日本独自などとは言えないが、敢えて分けて考えることにする。
基本的に中国のものは”七夕”で、日本のものは”棚機”というように区別できる。この2つ、中国の”七夕”と日本の”棚機”が融合したものが、現在の七夕の儀式だろうと主に考えられている。
日本独自のものでは『棚機様』や『棚機女(たなばたつめ)』などが伝わっている。
ちなみに『棚機』とは、棚のように見える横板のついた織機のこと。
<天女と豊受大神>
羽衣伝説のもっとも古い記述がある『丹後国風土記』逸文では、8人の天女のうち地上に残った1人は、豊受大神だとされている。
豊受大神には、八乙女と呼ばれる8人の巫女が仕えるとされていることから考えても、羽衣伝説との関わりは非常に深い。
また『摂津国風土記』逸文にも『丹後〜』と同じように、豊受大神が”比治の真名井(まない)”に降臨したとある。
<天照大神と須佐男命>
日本神話中の、天照と須佐男の誓約(うけい)から、須佐男の狼藉、そして天の岩戸までの記述には、七夕伝説に相似する部分が多い。
誓約の際、天照と須佐男は”天の安の河”を挟んで相対する。またここに豊受大神との”天の真名井(神聖な井)”が登場し、誓約の儀式全体からも”水”が非常に重要な意味を持つことが判る。
その後に天照が神衣(かむみそ)を機で織るとの記述があり、またスサノオが別に”牛頭天王(ごずてんのう)”と呼ばれることがある。
これらのことは、七夕の織姫(織女)と彦星(牽牛)の関係と、なんらかの共通性を示しているのかもしれない。
また岩戸の下りに、天照が岩戸に隠れた際、”下の枝には青い神衣、白い神衣を懸けて祈りを捧げた”とある。
この神衣を織るのは、神に仕える巫女の仕事だったと言われている。神衣は文字通り、神様に捧げる供物であると同時に、地上に降臨した神様に着せるための衣だ。
<水の底で機を織る水神様>
日本各地に、水の底で機を織る女性が登場する伝説が残っている。
川や池の底や井戸の周りなど、水辺で機を織る女性が登場し、その水源は清らかな水で枯れないとか、水辺で機を織る音が聞こえると雨が降るといった具合に伝わっている。
これらの元となっているのは、おそらく旧暦7月7日に行われていた、日本の『棚機』の行事だったと考えられる。これは『棚機女(たなばたつめ)』という巫女が、機で神衣を織りながら水辺で神の降臨を待つと行事だったらしい。(もしくは清浄な水の側で衣を織ることでの、禊ぎの儀式だったようだ。)
また、その際に降臨する神様を『たなばた様』と呼ぶ地方があるということだ。
旧暦7月7日が現在の8月上旬にあたることや、水底で機を織る女性の伝説などから考えると、旧い『棚機』は基本的に雨乞いの儀式だったのではないかと思われる。
降臨する神『たなばた様』は、おそらく恵みの雨であると同時に、豊受大神のような稲作や豊饒の神であったことだろう。
”比治の真名井”の比定地の一つ、京都府籠神社の奥宮真奈井神社では、天照大神、豊受大神、天水分神(あまのみくまりのかみ)が祀られている。
参考までだが、”水底で機を織る女性”を『弁財天(サラスヴァティ:インドの川の女神)』とする伝説がある。この弁財天と同じだとされる日本神話上の女神が、天照大神と須佐男命の誓約の際に生まれた市杵島姫(いちきしまひめ)となっている。
<ヨーロッパの羽衣伝説>
グリムやアンデルセンの『白鳥の物語』は、変身する形と複数の天女がいる形に当てはまるだろう。ヨーロッパでは特に変身型と男か女のどちらかが相手に難題を課すようなうな話形が多い。
この部分では、『人魚姫』なども同じ型と言え、『美女と野獣』や『(乙女の口づけで蛙が王子様になる話)』なども、これに類するだろう。
また翼を得て逃げてしまうという点では、ギリシア神話中のイカロスなどとの関連性も考えられる。
主題として、別の生き物に変身して現在の状況を脱する、という願望が貫かれているように思える。
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