ニライ・カナイ(ニライカナイは儀礼用語である。伝承ではただニライと呼ばれる。以下ニライで統一)は、ニルヤ、ネリヤ、ニロー、ネヤともよばれることがある。文献によっては儀来・河内と表記される。ニライは沖縄において海の彼方にあると考えられていた他界である。この点において記紀神話における常世国、『延喜式』中の祝詞「六月の晦の大祓」における「根国(ねのくに)・底の国」と共通する他界観である。
ニライの名称については諸説がある。外間守善は、「根になるところ」の意であるとしている。柳田國男は「ニーラ」と言う語は「遠く遥かな」の意であるとし、「遠く遥かな所」の意であるとしている。(先に述べたとおり、ニライは常世国と良く似ている。常世国の語義について本居宣長は『古事記伝』のなかで、常世国はもとは底依国であり、遥かに離れた場所であり、たやすく往還出来ない地をいったのだとしており、柳田國男はこの説が頭の中にあり、同義としたかったのではなかろうか?)また、柳田は根国(ねのくに)の語源はこの「ニーラ」からきており、記録する段階で「根」の字を当てたために、根国(ねのくに)が地下の国であるような印象を与えたのだとしている。私は、この意見に賛成であり、ニライ・根の国・常世国の三者は、共通の観念上にあるものと考える。
外間守善の説はニライの機能に重点を置いたものであり、柳田國男の説はニライの場所に重点を置いたものであり、ふたつの説は矛盾するものではない。
さて、ニライに関する機能である。まず、神の世界・あの世としての機能がある。神や祖先は時を定めてニライから訪れる。(盆には海の彼方から祖先が帰ってくるとする地方もある。)これを証明するように沖縄では、海の彼方を遥拝するための御嶽(ウタキ)が岬や海辺に設けられている。神の中には少彦名神(すくなひこなのかみ)のような穀霊も含まれる。稲を初めとして五穀はニライからもたらされたからである。南島歌謡のなかには「稲の種子は、鶴が脇にをはさんでニライから持ってきたのだ。」とする歌があり、琉球開闢神話のなかには、アマミクと言う神が鷲をニライに使わして稲を求めさせたとある。奄美大島では「平瀬マンカイ」と言う行事がある。それは、穀霊をニライから招き寄せて豊作を祈るというものである。
稲の他に火もまたニライからもたらされている。『琉球神道記』巻五には、「時に国に火なし竜宮より是を求めて国を成就し・・」とある。ここでの竜宮とはニライのことである。子供もニライからもたらされるとする地方もある。
今までとは反対に害をなす鼠・害虫が追いやられるのもニライである。これは害虫もまたニライの出身であり、それをニライへ送り返すと言う意味が含まれている。「宇根真謝作物の為浜下之時宇根祝女火之神前御たかへ言」には「日の神の子である鼠が農作物に危害を加えるのでニライカナイに放逐して押し込めて・・」とある。
この二点は前者は穀霊スクナヒコナの故郷である「常世国」に、後者は穢れが送られる『延喜式』中の祝詞「六月の晦の大祓」における「根国(ねのくに)・底の国」と似ている。民俗行事の中にも他界の名ははっきりしていないが、幸福を外部より招き、穢れを外部へ押し出すと言う行事が多々見られる。伝承を見て行くと、外間守善の説の通り、ニライは全ての根源なのである。
ニライの位置については、先に挙げた「宇根真謝作物の為浜下之時宇根祝女火之神前御たかへ言」に「干瀬の外 なみの外」とある事から、柳田説の通り、遠いと言うことがわかる。(干瀬とは、珊瑚礁のことであり、それを超えるということは生活圏を超えるということである。また、波の外の表現からも遠いと言うことが想像できる。)
つまり、ニライは「遠く遥かな場所にある全ての根源の地」と言うことが出来るのではなかろうか。
|