鬼は、おに(隠)、き(帰・奇)、しこ(醜)、もの(霊・物)、かみ(神)、などと読まれる。
昔話などでは、頭に1本か2本角があり、一つ目のものなどもおり、巨躯で怪力。皮膚の色は赤か青(黒も有)で毛深く、虎の毛皮の褌(ふんどし)などの衣類を身につけている。また、手には金棒を持っている。
鬼の角や虎の毛皮の部分は、陰陽道などで鬼が出入りすると言われた鬼門の方位、東北を示す丑寅(うしとら)の方角名から来ているといわれる。また、獣の角や毛皮を身につける習慣のあった民族の姿に、なぞらえたのではないかともいわれ、別に大笠や簑を身につける鬼もいる。
一つ目については、一つ目のものに特別な力が宿るという古い信仰があったようだが、原点ははっきりしない。『出雲国風土記』に”目一つの鬼”が登場しており、これが”鬼”の字が使用された現存する最古のものとなっている。しかしながら、なぜひとつ目なのか、という点については不明だ。
東日本に多く伝わる大人(おおひと)などの巨人伝説を受け継いだのか、体が大きく力が強い。同じように皮膚の色は、現在東北地方に伝わるナマハゲと一致する。また、地獄などを描いた絵などにも赤鬼青鬼が見られる。
金棒は、鬼が鬼退治の英雄と戦うために与えられた武器で、もともと山伏が使うような鉄杖だったものを、わかりやすく言い換えたのだと思われ、それほど古い時代に鬼が金棒を持ち始めたものではないようだ。鬼に金棒ならぬ、鬼に鉄杖という言い回しも残っている。
また、一番鶏が鳴くと去っていくという。これは朝が訪れることによって、幽霊としての鬼は消え去ってしまうという考えから来ており、鬼の霊としての側面を伝えている。
<人を喰らう鬼>
都に出没する鬼は、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などにもあるようによく人を喰らう。
奈良、平安の世、都は幾度もの飢饉や疫病に襲われた。
食べるものがなく、道ばたの草まで食い尽くし、それでも飢える者たちは、こらえきれず死人の肉を口にした。これが都に実在した鬼の姿だ。
「人肉を喰らう者は餓鬼になる(餓鬼道に落ちる)」という戒めのような民間信仰もあったようで、羅刹鬼が人を食うという話と関連があるのかも知れない。
本来仏教での餓鬼は主に餓鬼道に落ちた者で、現世での悪行の報いに永遠の飢渇に苦しむ亡者だ。
しかし、都を描いた情景にはよく餓鬼が現れる。道ばたに餓鬼がいる。これは痩せ衰えて骨の浮く体に、栄養失調特有の膨らんだ腹をした物乞いだ。
また鬼で有名な羅生門は、都からの出入り口であり、付近は引き取り手のない死体などが遺棄される場所になってしまっていた。”鬼”の字は、古くは死者の霊をあらわしたため、羅生門はまさに鬼の住みかと言える。
他に、人間による凶行や誘拐を鬼のせいにしたのではないかと考えられる事例がいくつかある。
鬼は非常に多くの様相をもっている。
死者の霊、異民族、妖怪変化、荒ぶる神、朝敵、呪術の結果、祖霊、仏教の敵、犯罪者などなど、数限りない。
ある意味、その不確定さこそが鬼というものだと言えるのかも知れない。
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