崑崙丘、崑崙山、昆侖とも呼ばれる。
西戎(せいじゅう)にあるとされた土地や山、また丘や塔の呼称で伝説上の聖地。日月の沈む場所としての、西の果ての象徴。西王母や黄帝などの神仙が住むとされた。
『爾雅』の釋丘篇には、”丘の一成(段)を敦丘と為し、再(ニ)成を陶丘と為し、再成の上の鋭きを融丘と為し、三成を崑崙丘と為す”とある。
『史記』の大宛列伝では『禹本紀』という物から、”河は崑崙にいで、崑崙の高さは二千五百余里、日月もこれを避け、その上に醴泉瑶地がある”と引いている。
『山海経』の大荒西経では、”西海の南、流砂のほとりに、赤水を前にし黒水を後にした大山崑崙の丘がある”とされている。海内西経では”崑崙の城に九井九門があり、開明獣がその門を守り、人面虎身、東に嚮(む)かって崑崙上に立ち、鸞鳳(らんほう)などがその盾の上にいる”とされている。
また『楚辞』の天問では、”崑崙縣圃(けんぼ) そのはてはいづくにかある 搶驪繽d その高さいくばくぞ 四方の門 それたれかここよりする 西北の辟(ひら)き啓(ひら)けたるは 何の氣か通ずる”と崑崙の形状を書いている。
つまり巨大で三段もしくは九段をなす丘や塔のようなものと考えられていたようだ。東の果てにあるという度朔山や扶桑樹と対になる存在でもある。また同じく巨大樹の建木との関連性が考えられる。
そこは樹木が茂り池が水をたたえる園庭が広がり、多くの仙人が住むという美しい神の世界で、穆王や東王父が訪れたとされる。
さらに崑崙が世界の中心にあって頂上で北極星や北斗七星と繋がっており、星々を回転させているともされていたようだ。おそらく月神としての西王母との関連からだろう。
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