ムチャリンダ樹の根元に住む龍王。釈尊は、はじめて現等覚(abhisambuddha)を得てから、ウルヴェーラー(uruvelA)村を流れるネーランジャラー(neraJjarA)の川辺にある菩提樹(bodhi-rukkha)の根元に座し、七日間解脱の楽を受けつつ三昧(samAdhi)に入っていた。そののち三昧から醒めた釈尊は菩提樹下より出てアジャパーラニグローダ(ajapAla-nigrodha)樹に赴き、そこでまた七日の間入定、その後、同じようにアジャパーラ樹の下を去り、ムチャリンダ樹下に向かったのであった。そこでまた七日の間解脱の楽を受けつつ三昧に入っていたのだが、このとき不意に大きな雲が立ちこめて七日の間雨を降らせ、寒く、風も強くなってきた。このときにこの樹下を住処とするムチャリンダ龍王は、自らの住処より出て釈尊の体を蜷局で七そうに巻き、大きな首を上げて頭上を覆って立ち、このように思念した。「寒気も世尊を害することなく、熱気も世尊を害することなく、虻、蚊、風、熱、蛇の接触も世尊を害することなかれ(mA bhagavantaM sItaM, mA bhagavantaM uNhaM, mA bhagavantaMdaMsa-makasa-vAtA-tapa-siriMsapa-saMphasso ti PTS Vinaya,1.3)」と。龍王は七日を過ぎてから、雨が止み、晴れ上がっているのを見て、蜷局を解き、若者の姿に化作(けさ)して(abhinimminitvA)、釈尊の前に出て合掌し、帰依したという。
以上は基本的にパーリ律(Vinaya)の大品(mahA-vagga)における仏陀成道の説話のうちの、「ムチャリンダ樹話(mucalinda-kathA)」の要約であるが、このほか漢訳『四分律』『五分律』(大正、22巻)においても同様の説話が収録されている。
龍王とは原語でナーガラージャ(nAga-rAja)といい、その名の通りナーガの王である。ナーガ信仰は特に南インドで盛んなもので、シャータヴァーハナ(zAta-vAhana)朝関連の遺跡からはナーガ像が多数発見されている。北インドの、クリシュナの生誕地とされるマトゥラー(mathurA)でもナーガ像は発見されているが、何れもキングコブラの姿をしているか、背中にコブラを背負った形で描かれている。よってナーガとはコブラであるということになるが、仏教では神通力ある修行者を龍に喩えることがあるから、そういった存在なのかもしれない。
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