ド・レ家にジルが生まれたのは1404年。仏軍総司令官の甥である彼の父ギイ・ド・ラパール二世はド・レ家の養子であるが、母方クラン家も含め、いずれも当時のフランスにおいて屈指の名門であった。ジル・ド・レは、1429年には陸軍元帥になっている。そして、宮廷においてジャンヌ・ダルクのシャルル七世への謁見に立会い、さらにはジャンヌ・ダルクとともにオルレアンの開放を遂げている。
しかし、国王に匹敵する軍備、装飾、さらには放蕩で、屈指の資産家であったド・レ家の資産を食い潰すとともに、いや、実はそれ以前1426年に「彼岸の方」という騎士との交流以来降魔術を行う。それが破産後加速度的に進行、降魔術と自らの楽しみのために自領地内の小児を誘拐殺害を繰り返し、青髭伝説になぞらえられる。
1440年10月26日、絞首刑の後火刑となった。
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