1371年生〜1434年頃没。中国、明の武将で南海(東南アジア)遠征艦隊の指揮者。雲南省昆陽(こんよう)の出身で、父祖3代にわたるイスラム教徒。明の燕王(後の永楽帝)に宦官として仕え、靖難(せいなん)の変(1399年〜1402年)に功績をあげ、大監(宦官の長官)に任命されて鄭姓を賜った(もとは馬姓)。
永楽帝から宣徳帝の時代にかけて、前後7回にわたって大艦隊を率いて南海遠征を行い(1405年〜1433年)、東南アジア・インド南岸・西南アジア諸地方を訪れ、一部はアフリカ東岸やメッカに到達した。遠征の目的は、各地に明への入貢を促すことで明の国威を発揚させ、かつ海外貿易を拡大することにあった。結果として中国人の南海への知識も増え、海外への移住者(華僑)も増大した。鄭和は偉大な英雄としてその名をうたわれ、道教神としてジャワ・スマトラ・タイなど各地の三宝廟に祀られるようになった。
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