ミシャグジ、シャグジ、シュグジ、ミサグチと呼ばれ、諏訪大社におけるミシャグジ神が有名だが、東日本を中心に日本各地にも信仰が見られる。
御社宮司、御左口神、赤口神、尺神、杓子神、守公神、などその音と表記は200種にも及ぶ。
本来は、シャグジ、シャクジと呼ばれる、木石などに象徴される大地への自然崇拝が根元となっていたと考えられ、日本における”石神”の代表格と言える。
諏訪では、竜蛇神、山神、風水神などの神性が習合されてミシャグジと呼ばれており、果たしてただ一柱の神であるのかは定かでない。
なお、石神(しゃくじ)、石神井(しゃくじい)、精進(しょうじ)、十三(じゅうそう)などの地名はシャグジに関連のある地名のようだ。
一般に土着神や土俗神といわれるが、上古以前縄文時代からの原始宗教が現代まで受け継がれた自然信仰の象徴とも言える。
ミシャグジには以下の図のような神性が付与されるが、そのほとんどを諏訪と安曇野周辺で見ることが出来る。
図1、シャグジの神性(信仰の例)ミシャグジ・シャグジ | 石神 | 山神 | 作神 | 道祖神 | 性神 | 蛇神 | 守屋神 | 農耕神 | 風水神 | 塞神 (さえのかみ) 岐神 (くなどのかみ) 障神 (しょうしん) 男女双体 陰陽石 境神 道返大神 (ちかえしのおおかみ) 土地神 御柱 | 産土神 石棒 御柱 陰陽石 男女性器像 金精(コンセ) 遊女 治病神 リンガ・ヨニ | 竜蛇神 石棒 御柱 男根 御室神事 草木の蛇体 注連縄 蛙狩神事 (かわずがりしんじ) 甲賀三郎 祟り神 箸 | 守屋山 洩矢の神 須波神 御柱 御頭祭 蛇神 甲賀三郎 狩猟神 鹿食免 人身御供 片足の山神 | 田の神 土地神 御柱 杖 久延毘古 (くえびこ) 案山子 シャモジ スリコギ 箒 虫送り
| 薙鎌 鎌いたち 須波神 水内神 (みのちしん) 竜蛇神 風祭 風祝 (かぜのほうり) 風邪 風送り 一つ目小僧 |
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<諏訪大社>
全国5600社に及ぶ諏訪社の総本社で、古くより信州一宮として信仰されている。
現在の諏訪大社は、上社が本宮(諏訪市神宮寺)と前宮(茅野市小町屋)で 建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)を祀り、諏訪湖対岸にある下社(下諏訪町) には春宮と秋宮があり、その妻の八坂刀売命(やさかとめのみこと)を祀っている。
神社明細帳によるとタケミナカタとヤサカトメの御子神のうち、国土開発に功のあった十三神を御佐口神と称し、佐口は作地、裂地を示し土地開発を意味するとのことだ。
ただし、現在も諏訪大社で行われる神事のほとんどは、タケミナカタではなくミシャグジを祭神としてのものと考えられる。
また上社のご神体は神体山である御射山(守屋山)で、下社春宮は杉、秋宮は一位の木を神木としている。
古くは上諏訪地方を治めていた守屋氏が氏神でもあり土地神である洩矢の神(モレヤサマ)を信奉し、また下諏訪では武居氏がその氏神を信奉、そしてその周辺に様々な自然信仰が”シャグジ”などとして強く残っていたと思われる。
その後6世紀後半から7世紀にかけて、諏訪は中央政権に帰属し、武力によって進入したタケミナカタを奉る神(みわ)氏と金刺氏が、それぞれ上社と下社の現人神でもある大祝(おおほうり・おおほり)になった。
上社では神(みわし)氏が大祝、守屋氏は祭司を司る神長官(じんちょうがん)となり、下社では金刺氏が大祝、武居氏が祝(ほうり)となった。
諏訪社には数多くの神事があり、それを司る者の宗教的政治的権威は大きく、土着側は名を捨て実を取り進入側との融和を果たしたと言える。これらのことは伝説としても、流れてきたタケミナカタがミシャグジを倒し、諏訪の主神となったとあり、甲賀三郎の物語とも類似点がある。
『延喜式神名帳』では諏訪大社のことを南方刀美(みなかたとみ)神社と表記しており、また坂上田村麻呂が諏訪のタケミナカタに祈願したといわれていることから、遅くとも平安時代には諏訪の主神は正式にタケミナカタになっていたことがわかる。
その後、下社は戦乱によりその記録のほとんどが紛失し、その形態は崩れたが、上社は近代までその姿を残した。
ミシャグジはそれらの政治的争いや新しい祭神タケミナカタをよそ目に、滅び行く立場だった様々な原始信仰を取り込みつつ民間に広く信奉され、諏訪大社の本来の主神の地位を保った。しかし、その古い原型は今では推し量ることしかできない。
そういったミシャグジの姿は、蛇神でもあり山神でもあると言われ、神体山にその名を頂くことの多い大己貴命(おおなむちのみこと)に重なる部分がある。
諏訪上社には、形状としては6つの銅鐸ならぬ小型の鉄鐸を集めた形の御宝鈴、佐奈伎(さなぎ)の鈴と、八陵白銅鏡である鳳凰瑞花八陵鏡、真澄の鏡、そして3つの鈴が付いた大小一揃えの神器、八栄(やさか)の鈴などが、古い祭器として伝わっている。
また大社の呼び名として、諏訪大明神、諏訪八幡、弓矢八幡などがある。これらは神仏習合の影響を強く受けた呼称だ。
<諏訪大社のミシャグジ様>
蛇神、また御射山をご神体とする山神で、大祝即位式での神長官による”ミシャグジ降ろし”の祭祀において、神籬(ひもろぎ)である霊木から要石に降り、大祝の8歳の少年の体に憑依(ひょうい)するとされている。
また野出神事(のいでしんじ)や御立座神事(みたてまししんじ)では、大祝の代理である神使(おこうさま、こうどの)が6人選ばれ、ミシャグジを降ろした”御杖柱(みつえばしら)”を持って決まった土地を巡回し、七木の湛(たたえ)と呼ばれる樹木、もしくは湛の石にミシャグジを降ろしたとされる。
ミシャグジは上記の図のように、様々な信仰形態を持つ神だが、御柱祭の御柱を起点に、おおまかに関連を説明できる。
まず御柱は諏訪の上社本宮前宮、下社春宮秋宮の拝所や宮を囲むように4社それぞれに4本が四隅に曳き立てられている。これらは、その囲みの内側が神座であり聖域であることを示す標柱だ。道ばたに立てられる塞ぐ神でもある道祖神や、田を見張るように立つ杖や棒に象徴される田の神久延毘古の性格が認められる。
また御柱は、神木として神の依り代の役目を果たす物で自然信仰とその形状から、縄文時代にみられた石棒との関連が考えられる。立石は太陽信仰の日時計でありストーンサークルの中心ともされるが、それ自身の形状により、男性器や蛇体にも通じるとされている。陰陽石に象徴される治病や安産の性神や、山より切り出された神木と蛇に象徴される山神であり蛇神の性格が認められる。また守屋山を神体としていた洩矢の神は、春になると里に降りる田の神で、冬になると山に帰る蛇神だったと考えられる。
最後に風水神だが、これはミシャグジとはやや違う性格をもつ神性のようだ。御柱祭りの前年に上社の御柱が選定をされた後、風を治めるという薙鎌(なぎかま)が木に打ち込まれるが、これは逆に、ミシャグジの荒神的な性格を治めるために使われた和鎌だったのではないかと考えられる。
『日本書紀』にある持統天皇が天候回復を祈願した、須波神、水内(みのち)神という、タケミナカタとは別に中央に認められた風水神だったのではないだろうか。
この風水神は、伊勢に奉られていたという風神となんらかの関わりを持つようにも思われる。
なお薙鎌で風を治めるという風習はアイヌにもあったようだ。
<諏訪大社の神事>
図2 諏訪社の神事(現在廃れたものを含む)御射山祭 | みさやままつり。上社下社それぞれの御射山で行われる、狩猟神と風神の性格が認められるやや神仏習合的な神事。8月26日、27日、28日。現在小規模化。 | 御柱祭 | おんはしらまつり、みはしらさい。御小屋山より切り出した樹木を御柱とし、社に曳き立てる神事。7年に1度行われる。 | 御頭祭 | おんとうさい。上社前宮の十間廊直会殿に鹿の頭75頭他、神饌、禽獣魚介などを神前に供え、神職たちが酒盛りをする。4月15日。獣食を許す免状、鹿食免(かじきめん)や鹿食箸の本か。 | 蛙狩神事 | かわずがりしんじ。御手洗川で捕った蛙を柳の小弓と篠竹の矢で射抜き、そのまま新年初の神饌とする。1月1日。神が蛇であることを示すとも。 | 御室神事 | みむろしんじ。御室を作りその中に草木で作ったご神体(蛇体?)と、神官(風祝?)が入り100日間籠もる。旧暦12月下旬。現在は廃れている。蛇の冬眠を示すとも。 | その他 | 上社年間101度、下社で84度行われる。上社では狩猟的性格、下社では農耕的性格が強い。タケミナカタの固有神名があまり現れず、祭事自体に意味がある。 |
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<人身御供>
古代の諏訪社では、神のために人の命を捧げる人身供犠が行われていた可能性があるといわれる。
一年神主としての大祝の殺害が主に有名なようだが、他にもいくつかの伝承があるため実際にどのような形で行われていたのかは、はっきりとはわからない。
旅行家で多くの随筆、旅日記を残した菅江真澄は1784年に諏訪を訪れ御頭祭などを見て『すわのうみ』を残したが、その中に御贄柱という概念と縛り付けられる大祝の少年が書かれている。
しかしそれも、すでにかなり近代化した祭事だったようで元がどのような形式だったのかはわからない。
ただし、それらに共通するのが、人身御供や人柱と呼ばれる者に選ばれるのが、未成年の男子だったということだ。
日本各地の昔話や伝説を見る限り、人身御供に選ばれるのは未成年の女子である例が圧倒的に多いため、諏訪社は珍しい例だといえるかもしれない。
また日本のシャーマン(霊媒者、寄坐)といえば、巫女やイタコなどに見られるように、女性であることが一般的だが、諏訪社で一年神主としてシャーマン役を果たしていたといわれるのが男子という点も、同じく珍しいと言えるだろう。
逆にいえば、男子は生神としての崇拝対象にされるだけの者だった可能性もある。この場合は、アジア各地に見られる神輿(みこし)や山車(だし)に乗せて運ぶための生神役に似たものだろう。
また大祝(おおはふり)という呼び名だが、もともとハフリとは神職のことを指し、特別シャーマン的な要素を持たない言葉だ。そしてハフリには別に”葬り”という意味もある。神の移し身として”即位”した生神を殺し葬り、祝いの祭事で奉り神へ昇華させる意味を大祝という言葉は含んでいるのかもしれない。
それが人工の神を作り出す祭事だったゆえに、祭事を司るミシャグジ(御社宮司)の呼び名が神の名として定着していったのだろうか。