1世紀頃、中国・後漢(ごかん)の支配に対して反攻し、一時ベトナムの自立を達成した姉妹。当時、後漢は南越(なんえつ)の地を交趾(こうし)郡他に分け、太守を置いて統治した。越族の将軍・詩策(ティ=サック)は交趾太守・蘇定(そてい)と戦い刑死した。彼の妻・徴側(チュン=チャック・?〜紀元後43年没)は妹・徴弐(チュン=ニ・?〜紀元後43年没)と共に挙兵し、紀元後40年蘇定を追放した。それは九真(きゅうしん)・日南(にちなん)郡にも波及し、姉のチャックは統一組織の女王となったが、紀元後43年、後漢は名将・馬援(ばえん)を派遣し、越族の蜂起を討ち、徴(チュン)姉妹は捕らえられて殺された。しかし、徴(チュン)姉妹はベトナム民族的英雄として、北宋(ほくそう)から自立した李(リ)朝時代(1010〜1225)に、彼女達を祭った寺が建てられ、現在でも尊敬を集めている。
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