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菊理媛 ( ククリヒメ ) 英名:

 地 域: 日本
 テーマ: 一般
 種 別: 名前

 キクリヒメとも呼ばれる、北陸の白山の女神。

1.白山の女神であることについて

 今でこそ白山の女神とされている菊理媛ですが、白山信仰の文献によっては、これは勝手にあてはめられたものだ、という意見もあるようです。つまり、白山信仰は白山という山の信仰であり、菊理媛をまつったものではない、というのです。
 「古来、動・植物により恵みを与え、また時には熊を遣わし、また噴火し怒りを表現する存在として山は神格化し、崇拝の対象であった。それは、717年に泰澄が白山に登頂し、719年に高句麗媛を奉った後も変わりがなかった。人々は依然として白山という山を信仰し、高句麗姫を信仰していたのではない、とされている。
 これに変化が生じるのは鎌倉時代である。その頃世間一般が自然崇拝から理知的な信仰を求めるようになり、その情勢を察した関係者は、それぞれ神代の神様を求めた。白山においては、泰澄が奉った高句麗媛を日本書紀における菊理媛と同一であるとし、菊理媛が黄泉国でイザナギ、イザナミの2神に立ち会っていることから、白山の神を中央に菊理媛、左右にイザナギ、イザナギの3座としたのである。
 この後、白山の神にはしばらく混乱がある。イザナミの1座であったり、イザナミと同一の菊理媛と解した時代もあったようだが、神仏分離後は再び3座となり、現代に至る。」
 しかし、現代において白山の神は菊理媛だと言われているのであるから、私は別に「白山信仰の本来の姿ではない」というつもりはありません。菊理媛はやはり、白山の女神であると思います。

2.菊理媛はどんな女神か

 さて、菊理媛が白山神社の神とされたのは鎌倉時代。しかし、それ以前から菊理媛は存在していました。さて、それでは菊理媛はどのような女神であったのでしょうか。
 稲作が中国大陸から日本に伝わった頃の農耕神である、という説があります。恐いので詳しくは触れられませんが、つまり、「素直に括られた女性である」、という意見。日本全国にあるお菊さんの怪談話が、曹洞宗のお寺と白山神社とワンセットで広まっていること、へび、キツネなどが菊理媛に関係があることをその根拠としており、興味深い説です。
 そして日本書紀においては、黄泉国でイザナギとイザナミがいい争いをする例のシーンに登場し、イザナギに何事かを申し上げ、イザナギが納得した、ということしか書かれていません。そして、「何事か」には注があり、注には「何を申し上げたかは不明」と書かれています。全く謎の神様です。
 さて、日本の秘書として、ホツマ文字という神代の文字書かれた「秀真政伝紀(ホツマツタエ)」という書物があるそうです。そしてなんとこの書物では、白山姫(つまり菊理媛)はイザナギの母であるとされています。だからこそ黄泉国において息子とその妻であるイザナギ、イザナミはいうことを聞いた、というのです。
 また、天然痘が猛威をふるい、庶民が医療を受けられなかった時代。それは仏教が政治のためのもので庶民が頼れるものではなかった時代でもありました。その頃、菊理媛は疱瘡を払う女神として庶民に信仰さていれました。これは、黄泉国のシーンの後でイザナギが禊をすることから、菊理媛は黄泉国の穢れを払うために禊をしなさいと言ったのだ、と考え、疱瘡を払う女神として信仰されたのでしょう。
 そして、今日においては菊理媛は縁結びの女神であるといわれています。黄泉坂で、二人のけんかを収めた、男女の仲を「括る」女神であるというのです。しかし、少なくとも自分の幼い頃は、周囲では、山の神様だから嫉妬深くカップルで行くと別れさせられる、と聞いていたように思います。

 ここからは私見ですが、これは、鎌倉時代に白山姫を菊理媛にあてはめたように、時代のニーズなのではないでしょうか。時代は変わり、農業は科学の時代、病気は医者が治してくれます。人が自由に恋愛し、結婚相手を探す現代においては、縁結びは重要な、民衆が最も望む御利益ではないでしょうか。それにともない、菊理媛も縁結びの女神となったのではないでしょうか。
 ここまで見てきたように、菊理媛は時代によってその姿が違います。
 もう一つの説として、菊理媛は黄泉の国の女神であるという説もあります。海の向こうである朝鮮半島、白山、全て黄泉国を連想させものであり、事実菊理媛は日本書紀において黄泉国に現れます。転じて、黄泉国から蘇るイザナギに立ち会った復活の女神であるとも考えられています。

 わたしは、この復活の女神というのが菊理媛の本質を一番よく表しているのではないかと思います。つまり、日本書紀における表現が曖昧なために、その時に人が望む御利益をもたらす姿となってその都度その時代の人々に信仰されてきた、とは考えられないでしょうか。この事が全国に2700社という白山神社の広がりの根拠となるのではないかと思います。
 よって、私は菊理媛を復活の女神である、と考えます。その時代において求められる姿で、人々が信仰する神。そして、未来においてまた別の姿が求められた時には、菊理媛は新しい姿を私達に見せてくれることでしょう。

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 作成者:ABD
 作成日:
 更新日:2005-02-22 00:00:00

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