日本神話の主神。イザナギが黄泉の国から戻り、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊ぎをした時に生まれた。別名に、大日霎貴(おおひるめのむち)・天照大日霎尊(あまてらすおほひるめのみこと)。子に、アメノオシホミミ・アメノホヒ・アマツヒコネ・イクツヒコネ・クマヌクスビ。
『古事記』によれば、イザナギが禊ぎの最後に左目を洗った時にアマテラスが、右目を洗った時にツクヨミが、そして鼻を洗った時にスサノヲが生まれた。三人は「三貴子」と呼ばれ、アマテラスはイザナギから御倉板挙神である珠の首飾りを授けられて、高天原を統治することになった。
続く誓約神話では、高天原に訪れたスサノオと誓約を行い、アメノオシホミミら5人の男神を生む。この際、処女のまま子を産んだという点が注目される。しかし、身の潔白をを証明してからもスサノオの乱行は収まらず、田畑を荒らし、新嘗の宮を大便で汚した。さらには神衣を織る機屋にアメノフチコマを投げ込んだのだ。作業をしていた織女(日本書紀では、稚日女尊)は驚きのあまり梭を陰部に突き刺して死んでしまう。
それを知って遂に怒りが頂点に達しアマテラスは、天の岩戸に引き隠ってしまった(天岩屋戸神話)。その瞬間、世界は闇に包まれ災いが地上に蔓延した。それをうれいた神々は、岩屋戸の前に集まりなんとかアマテラスを引き出そうと思案した。
集った主な神々は、オモヒカネ・伊斯許理度売命・玉祖命・アメノコヤネ・フトダマ・アメノウズメ・手力命など多数。まず常世の長鳴鳥を集めて一斉に鳴かせ、伊斯許理度売命が作った八尺鏡と玉祖命の作った八尺勾玉を飾り、アメノコヤネが祝詞を詠んだ。フトダマは大きな玉串を立て榊の前で礼拝する。そして、舞台の上ではアメノウズメが激しい舞を躍って、神々を盛り上げて行く。やがて、彼女の着物の裾がはだけ肌が露出すると神々は嬌声を上げ始めた。それが気になったアマテラスは岩戸を少しだけ開けて、その騒ぎの理由を尋ねると「あなたより優れた神がいるのだ」という答えが返ってくる。鏡に映った自分自身を見て、アマテラスがさらに身を乗り出した瞬間、待ちかまえていた手力命が岩戸を押し開いてアマテラスを連れ出し、世界には再び光が戻ったのである。
国譲り神話では、葦原中国を支配するために、アメノホヒ・アメノワカヒコ・タケミカヅチなどを派遣させようやくオオクニヌシの国譲りを承諾させる。続く天孫降臨神話では、アメノオシホミミに代わり生まれたばかりのホノニニギを降臨させる。この時、天岩屋戸神話で使われた八尺鏡・八尺勾玉とスサノヲから献上された草薙剣をホノニニギに授け、皇室の三種の神器になったといわれている。
アマテラスの神名についてだが、大日霎貴の「霎」の字は「巫女」の意味があり、ヒルメは「太陽の女神」もしくは「太陽(男神)に仕える巫女」という説がある。アマテラスは女神であるか男神であるかという問題になるが、それについては様々な説が入り乱れ確かな説はない。平安時代の『延喜式』や『皇太神宮儀式帳』に記された神社の遷宮記録では、女性の装飾具が記されている。しかし、平安時代末期から男神とする考えも現れ始め、神仏習合の際、大日如来に当てられている。
もう一つ、アマテラスは川との関係も深い。天岩屋戸神話の天の安河。伊勢の五十鈴川、宮川などの清流と深く結びついている。世界の神話における、サラスヴァティー、アナーヒターなど河川の女神の性質がみられる。
アメノウズメが陰部を見せて神々を笑わせた話は、ギリシアのデメテルの神話にも伝えられている。馬に変化した弟に暴行を受けて岩戸に隠れたところまで共通している。偶然とは考えられ難く、朝鮮半島を経由して古墳時代に神話が伝播して古墳時代に神話が伝播したのではないかという説もある。
このように、アマテラスは様々な神格が集合した結果出来上がった神格だともいえるだろう。男性的な力を備え、尚かつ大地母神的な豊穣の女神としての性質も持つ。それが後代に作り上げられた国家神であろうとも、数々の謎を秘めながらアマテラスは現在においても日本の神々の頂点に輝いている。
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