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| アミターバ (
アミターバ ) 英名:
amitAbha |
「アミターバ」の漢訳語は確かに「無量光」ではあるのだが、この性質を表す系列の呼び名としては、むしろ「尽十方無碍光(じんじっぽうむげこう)如来」や「不可思議光如来」の方がメジャーである。
とは言え、中国でも日本でも圧倒的な支持を集めている呼び名は、もう一方の「アミターユス」即ち「無量寿」如来、或いは、どっちつかずの「阿弥陀」如来である。
この無量の「光」とは、ゾロアスター教やキリスト教神学同様「智慧・力」を表すものと解釈される。
チベットの『死者の書』によると、死の瞬間を不覚にも失神して過ごしてしまった者に仏菩薩が救済の手を差し伸べてくれることになっている。
初日はマハーヴァイローチャナ如来、翌日はアクショービヤ如来=ヴァジラサットヴァ、3日目はラトナサンバヴァ如来、そして4日目がいよいよアミターバ如来の出番である。
蓮華を持ち、孔雀に乗り、妻と接吻しつつ出現する。脇を固める菩薩はアヴァローキテーシュヴァラとマンジュシュリー、そして女性の菩薩ギーターとアーローカーである。火の浄化作用を体現する赤い強烈な光を心臓から放ち、死者を極楽国土に摂取しようとする。しかし、生前の行いが悪い者は如来の赫奕たる光を厭って逃げ惑うことになる。
この段階で解脱できない者は余程の者であり、少ない。それらには続いて5日目にアモーガシッディ如来が迎えにくる。まだ粘る者には6日目にこれまで迎えにきた五智如来が総掛かりで救出に現れる。しかし「仏の顔」もここまでで、これ以上しぶとい者は忿怒尊達に追い立てられることになるのである。
因みに、2世紀に造られた現存最古の阿弥陀仏像(但し台座のみ)は、このアミターバ仏の像である。
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作成者:水月 作成日:
更新日:2005-03-17 00:00:00
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『無量寿経』(『大正新脩大蔵経』第12巻所収)
『観無量寿経』(『大正新脩大蔵経』第12巻所収)
『阿弥陀経』(『大正新脩大蔵経』第12巻所収)
『浄土論』世親(『大正新脩大蔵経』第26巻所収)
『讃阿弥陀仏偈』曇鸞(『大正新脩大蔵経』第47巻所収)
『死者の書』伝蓮華生
『浄土教の成立史的研究』香川孝雄(山喜房仏書林)
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