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 ・大国主命 :日本
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 ・須佐之男命 :日本
 ・柳田国男 :日本
 ・根の国_2 :日本
 ・高天原 :日本
 ・豊葦原中国 :日本
 ・黄泉の国 :日本
 ・黄泉平坂 :日本
 ・ニライ・カナイ :日本


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根の国 ( ネノクニ ) 英名:

 地 域: 日本
 テーマ: 一般
 種 別: 地名

 根の国は『古事記』においては「根の堅州国」、『日本書紀』では「根国」、「六月晦の大祓」「道饗祭」の祝詞には「根の国底の国」とある。ここでは、引用や特別な場合を除いて「根の国」と表記する。

 根の国は現世との接点である黄泉平坂を黄泉と共有している物の、黄泉の国の様なくらいイメージは神話の中から見て取れない。オオナムチの根の国訪問譚では、現世と同様の生活が行われている世界である。根の国は『日本書紀』では、下方、遠方にあるように表現されている。しかし、「六月晦の大祓」では海の彼方・海の底にある国とされている。倉野憲司は、『古事記全注釈』において「地下(又は海底)にある・・・」とし、西郷信綱は『古事記注釈』において「地下にある・・・」としている。柳田國男は、根の国の「ネ」と琉球弧に広がる他界信仰であるニライの「ニーラ」は同一であり「遥かな」の意であるとしている。また、根の国とニライを根本同一の海上の故郷であるとしている。柳田國男のこの考えは、『日本書紀』のイメージと共通する。柳田國男は「ニーラ」という「遥か」を意味する語に、「根」の字を当てたために他界観が変化したとしているが、そのことだけで変化するかどうか、という疑問が残る。
 次田真幸は、『記紀』において根の国の観念は水平表象から垂直表象に変化した物ではないか、としている。すなわち、『記紀』における天皇神話成立の過程において天皇の故郷の高天原を天とした時点で、水平が垂直立体構造となり、高天原ー中津国ー根の国・黄泉という構造が成立したのではないか、としている。これに良くにた例は沖縄においてみられ、オボツ・カグラという天上世界は、聖所や神の座を意味する語であったが、王権強化や絶対化を理由に天上世界に押し上げられた。根の国にはこの逆が行われたのではなかったか。天皇家の権威を絶対化するために高天原を天上世界にした。それに伴って、水平方向にあった他界は垂直方向へと変化する。これによって根の国は地下に落とされることになる。これによって、地下に落とされた根の国は黄泉と重なってゆくことになる。(黄泉が地下世界ではないにしろ、両者は高天原に対立する方向になると考えられる。)「六月晦の大祓」等に残されたイメージは水平方向であった時の名残りかとも思われる。
 それでは、具体的に根の国とはどのような世界であったか。「六月晦の大祓」などでは、罪穢れを根の国に押し流していることや、「道饗祭」では悪霊邪鬼の根源地とされる。また、オオクニヌシは根の国を訪問し、王権の根拠となる呪具を持ち帰っている。このことからは豊穣や富の源泉としての性格も伺うことができる。また、『古事記』においてスサノオは「妣の国」と呼ぶ。ここからは祖霊のすむ地としての性格も伺える。上田正昭は悪霊邪鬼が根の国を根源としていることについて、北方系シャーマニズムが天を神の住処、下界を悪霊死霊の住処としていることの関係を指摘している。しかし、北方系シャーマニズムの影響と考えると、「六月晦の大祓」にみられる水平方向的な部分との矛盾が生じる。先に述べたように、根の国の観念は水平方向から垂直方向に変化したものである。悪霊等の住処とされたのは変化以後であるというのは考えにくい。「六月晦の大祓」や民俗行事の中に在る穢れや害虫を海の彼方や村はずれへと送る理由が不明瞭となるからである。根の国は垂直方向世界観が成立する以前から負の根源としての性格をもっていたのではなかろうか。柳田國男が「ニライ」との関係を指摘したことは先に述べたが、「ニライ」信仰にも害虫もまたニライの出身であり、それをニライへ送り返すと言う意味が含まれている。「宇根真謝作物の為浜下之時宇根祝女火之神前御たかへ言」には「日の神の子である鼠が農作物に危害を加えるのでニライカナイに放逐して押し込めて・・」とある。また、「ニライ」にも神の世界・あの世としての機能がある。神や祖先は時を定めてニライから訪れる。(盆には海の彼方から祖先が帰ってくるとする地方もある。)これを証明するように沖縄では、海の彼方を遥拝するための御嶽(ウタキ)が岬や海辺に設けられている。神の中には穀霊も含まれる。稲を初めとして五穀はニライからもたらされたからである。南島歌謡のなかには「稲の種子は、鶴が脇にをはさんでニライから持ってきたのだ。」とする歌があり、琉球開闢神話のなかには、アマミクと言う神が鷲をニライに使わして稲を求めさせたとある。奄美大島では「平瀬マンカイ」と言う行事がある。それは、穀霊をニライから招き寄せて豊作を祈るというものである。これらの事例から考えても根の国が正負両方の性格を帯びた世界であった事が予想される。そのために、オオクニヌシの呪法の根源地であり、スサノオが妣の国と呼び、悪霊邪鬼の根源地とされるのである。
 この一件矛盾している世界観の中にこそ私は「根の国」発展の歴史や性格としての本質が在る様な気がしてならない。
 いっこうに結論が出ないが、私は、次のように考える。
我々の祖先は、幸せや不幸、その他諸々の事象は自分達の生活圏の外から来訪すると考えた。それは、国という様な範囲を限定するものではなく、漠然とした<外部>であった。村の入り口にサエノ神を祭る習俗はその思想を具体化している。その漠然とした外部が「根の国」という一つの範囲を示す語で表された時、「根の国」は全ての根源の「国」となるのである。

項目情報

 作成者:春桜庵主人
 作成日:
 更新日:2005-03-16 00:00:00

参考文献
倉野憲司 『古事記全注釈』 三省堂
西郷信綱 『古事記注釈』  平凡社
松本信広 『日本の神話』 至文堂  
柳田國男 『定本 柳田國男集』第一巻 筑摩書房
折口信夫 『折口信夫全集』第十六巻 中央公論社  
小松和彦 『神々の精神史』 講談社 
谷川健一 『谷川健一著作集』第八巻  三一書房
本居宣長  『本居宣長全集』第十巻  筑摩書房   
伊波普猷 「をなり神の島」上下    平凡社
松村武雄 『日本神話の研究』第四巻       培風館   
牧田茂  『神と祭りと日本人』         講談社  
宮本常一 「民間暦」『宮本常一著作集』第九巻 
外間守善 『古典を読む  おもろさうし』 岩波書店
 同   『沖縄の祖神 アマミク』    築地書館
沖縄久米島調査委員会編 『沖縄久米島資料編 沖縄久米島の言語・文化・社会の総合的研究』 弘文堂
外間守善 他編     『南島歌謡大成5』 角川書店
次田真幸 『日本神話の構成と成立』 明治書院

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